ジャズピアニスト – ピアノと奇声とキースジャレット その1 –

ジャズ名盤紹介

前回の記事

早いもので年明けから既に半月以上が経ってしまいました。
年間を通して最も寒い時期にあたる大寒の節気。風邪なども流行っておりますので、皆様くれぐれもご自愛ください。

大寒(だいかん)と聞くと昔のことを思い出します。
何かと言いますと、私の名前。大幹と書いて「ひろき」と読むのですが、いかんせん識字率がべらぼうに低いのです。

はじめましての老若男女犬猫ハムスターやらが眉にうっすらとシワを寄せつつ搾り出す「だいかん?」という回答に申し訳ないやら不甲斐ないやらで、何だかすみませんねぇ。という苦々しい気遣いの思い出が大寒と聞くたびによぎるのです。

他の回答といたしましては「おおかん」「おおみき」「よめない」などなどございまして、史上最もさじを投げられたものとしましては、中学の入学式で校長が声高々に読み上げた「おおた だいみき」でしょうか。最後の「き」しか合ってません。ロト7でももうちょっと合うぞ。

そんなこんなで部屋とYシャツとECM第2回です。
前回、半ば勢いでつけてしまったこのタイトル。
「部屋とYシャツと私」とECMがどうかかっているか、必死に後付けを考えているのですが一向に思いつきません。助けてください。

ジャズピアニスト – ピアノと奇声とキースジャレット その1 –

さぁさぁ。第1回ではECMってなんなの?という、言わば導入編のような回でした。
今回からはECMに属するミュージシャン一人一人に焦点を当て、ガブガブと掘り進んでいきたいと思っております。

今回はこの人!

ピアノと奇声とKeith Jarrett

「ピアノの魔術師」キース・ジャレットです。
体全体を躍動させ、時には奇声を発しながらピアノに向かう姿は鮮烈です。
その天下無双なインプロヴァイザーっぷりは神様から啓示を受けているんではないかともっぱらな噂。

実際のところ「神秘主義」・・・簡単に言えば、神様を自分自身に降臨させて自己の限界以上のものをアウトプットさせよう、という思想ですね。
この神秘思想家であるゲオルギィ・グルジエフという人物にキースはエラく傾倒していたようで、グルジエフが遺したピアノ曲集(作曲家でもあったそうな)をECMよりリリースしています。

キースジャレット Sacred Hymns of Gi Gurdjieff

こうして聴いてみると、キースの音楽に対する瞑想的な没入感のルーツがわかるような気がするような…しないような。
あれ、神様を降ろすのであれば「ピアノの魔術師」というよりも「ピアノの霊媒師」と言った方がしっくり来るなぁ。
言い換えればピアノのイタコ?なんだか語呂がいいぞ。

えぇえぇ。話を戻しますと、キース氏はこの思想によってかよらずか昔より繊細、というか気難しいご性格の持ち主でして。
ライブ中に観客の出した雑音に立腹し、公演を中断するハプニングがあったり。

彼の人となりを知らない方々は「何よ、そのくらいで!プロだったら◯X△□・・・」なんて反応が多かった記憶がありますが、先述の通り彼の音楽に対する瞑想的な没入感は高邁そのもの。ゆえに想像を絶する集中力を要するワケです。

そこで携帯の着信音が鳴ってしまったら、神様との貴重なお話が途切れちゃうワケで。
そんなことになったらキースというより神様がご立腹されちゃうのではないでしょうか。

スマホの液晶をバキバキにするくらいの天罰は下すかも。
神様が帰られたあとではキースも満足に演奏出来なくなるワケですし、楽屋に戻ってしまうのも仕方ないんじゃないかなと思います。

さて、そんな現在のイタコなキースが出来上がるまでを追ってみましょうか。文が多少固くなるのをお許しください。

キースジャレットの出生~デビューまで。

1945年5月8日、第二次大戦も佳境を迎えようとしている頃。
20世紀史のターニングポイントとなる年にキースはその生を受けます。
幼少期からはじめたクラシックピアノは早くからその才能の片鱗を見せ、8歳の頃にはプロのピアニストとして活動していたそうな。
そんなキースが真にジャズに開眼したのは1964年の10月。

bill-dixon

ビル・ディクソンが主宰する「ジャズの10月革命」と題された、ニューヨークで行われたフリージャズのイベントを目の当たりにしたことによります。
フリージャズですから、当然譜面の類はなかったことでしょう。演奏技術もクラシックに比べれば稚拙と言えるレベルだったのではないでしょうか。

しかし、この演奏は当時「技術を磨いて完璧な演奏を志す」というクラシックピアニストとしての王道を突き進んでいたキース少年をいたく感動させます。
音楽を通して何かを伝えようとする意志そのものが技術を超えて少年に何かを伝えたのです。
クラシック音楽特有の「テクニック主義」の理念を覆した瞬間でした。

この体験以降、キースはすっかりジャズに傾倒。バークリー音楽院へ入学し、ジャズピアニストとしてのキャリアを歩み始めます。
レコードデビューは1966年。アート・ブレイキー率いるジャズメッセンジャーズへの参加作。

キースジャレット Buttercorn Lady

後のアメリカンカルテット的な雰囲気はここからでしょうかね。

そしてメッセンジャーズ脱退後はチャールス・ロイドと接近。
名盤「Forest Flower(’66)」や、やたらヒッピーな「Love in(’67)」など数枚のアルバムを製作しました。
Forest Flowerもいいんですケド、より瞑想的・・・あるいは内省的なものを。

キースジャレット Charles Lloyd Quartet – Dream Weaver(‘66)

イントロで聴ける非楽音のアプローチは先述のフリージャズの影響もあるのでしょう。
リバーブを効かせたらECMっぽくなりそうです。

5:30くらいからキースのソロなのですが、この出だし好きなんですよね。
ひとつの音が落とされるごとに波紋が連なって、広がっていくような。や、詩的過ぎますかね!
語彙力を取っ払うと「次にどんな展開が来んだよ?」とワクワクするカンジ。

しかし、アウトサイドなフレーズが顔を見せ始めてからはどんどん調性から離れてゆき…
ソロも佳境な7:30くらいからは大暴れです。なにやってんの。

強引にテーマに戻そうとする辺りは思わず笑ってしまいます。や、もちろんいい意味で。

キースのソロはコピーするに値しない?


「キースのソロはコピーするに値しない」と良く聞くのですが(私の周りだけでしょうか)
確かに、キースのソロはフレーズ単体で捉えてしまうとあまり意味が無いんですよね。
横の流れ…ソロを発展させていく展開力が驚異的なワケなので。

点描を繰り返し、完成してみればひとつの絵になるタイプのミュージシャンは数多くいるのですが、キースはこれに対して一筆書きとでも言いましょうか。絵の完成に到るまでの偶然性が少し異なる気がします。
これをギタリストで言うとビル・フリゼールなんですが…あぁ。この話はとっておきましょ。

ジャズピアニスト キースジャレットまとめ

まだECMと出会ってすらいませんが、今回はこの辺で・・・。
キースの長いキャリアの中にはなかなかに難しく感じる作品もあると思うのですが、そのミュージシャンの人となりが見えることによってすんなり聴けるようになることがあります。
どういう変遷を経て、どういう心境で、どういう意識で。
これって演奏する際にも重要なことですよねぇ。自分自身をアウトプットする上で一番重要な情報だと思います。

次回は引き続きキースについてVol.2です。
マイルスとの邂逅~ECM、アメリカンカルテットくらいまでになりそうです。

次回の記事

多田

この記事を書いたのは・・

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多田大幹
1991年生まれ茨城県出身。
11歳の頃よりギターを、高校時代よりジャズを学び始める。
2010年、洗足学園音楽大学に入学。ギターを道下和彦氏、有田純弘氏に師事。作曲を香取良彦氏に師事。
2013年度特別選抜演奏者に認定、2014年優秀賞を得て同校を卒業。
同年亀吉レコードより1st EP「the Portrait of Lydian Gray(クリックでitunesページに)」を発表。
ECMを中心としたコンテンポラリージャズを中心にアルゼンチン音楽やシカゴ音響派など豊かなバックグラウンドから得た作編曲能力には定評がある。

でした。